日本の英語教育を問い直す8つの異論
- 作者:衛, 森住
- 発売日: 2020/12/22
- メディア: 単行本
大恩ある森住衛先生の上記の本の書評を
書いた。ここに載せるのは、字数制限を
受けない、元の原稿のままである。
字数制限を受けたものは、雑誌「新英語教育」の書評欄に掲載される予定だ。
以下書評。
本書は、50年もの長きにあたり、英語教育の危機的時代にあって文科省の言語教育政策に警鐘を鳴らしてきた森住衛氏の、氏自身によって書かれ、まとめられた英語教育論集である。第1部は、本のタイトルどおり、「日本の英語教育を問い直す8つの異論」であり、第2部は、氏が雑誌記事などまで書いてきた、英語教育に関するエッセイなどをらまとめたものになっている。
400ページもある分厚い本たが、氏の英語教育観に多大な影響を受けている私は、ほぼ一気読みしてしまった。第2部ももちろん面白いが、第1部は、今までの氏の主張の総まとめであり、次世代へと受け継ぎたい内容である。「異論」とは、文科省の
言語政策や学習指導要領に対して「異」を唱えた論という意味であり、「8つの異論」とは、1外国語教育目的論、2 複数言語指導論、3 認知的指導論、4 「読む・考える」活動重点論、5英語教育題材論、6日本人名ローマ字表記論、7英語国際補助語論、8 英語教育反国際論、の8つである。
このうち、私が、特に森住氏でしか書けないと思うものは、1、5、8である。この3つについて簡単に紹介したい。
1の外国語教育目的論では、まず教科の枠組みを超えた教育の目的として、「個人においては人格形成」「世界においては恒久平和」を挙げる。次に外国語教育に特化した目的として、教養、実用面から3つずつ挙げているが、その中で特に「公平な言語観を育てる」ということばの教育としての
目的は、言語をコミュニケーションの道具としか考えない、昨今の皮相な言語道具論に大きく異を唱えるものとなっている(この意味で森住氏は、日教組外国語部会の外国語教育の4目的を特筆に値すると評価している)。また、母語とは違う言語を学ぶことにより、母語を相対化し、自らの立ち位置を確認する、ということも重要な外国語教育の目的である、とする。
次に5の英語教育題材論であるが、まず何故題材にこだわるのかについて、氏はこのように論を展開する。英語はことば、であり、ことばには必ずメッセージがある。そのメッセージとしての題材がなんでもよい、というわけにはいかない。だから題材にこだわるのである。
では、どのようなメッセージを発信するのか?異文化理解教材、社会や人間のあり方、共生、環境問題、平和教材などが挙げられるが、中でも森住氏独特なのは、「国内異文化」を題材として取り入れる、という点である。日本国内における在日外国語人との異文化接触、アイヌなどの先住民族の言語や文化の問題など、「切れば血の出る」ような題材から目をそらさずに向き合うという姿勢は氏ならではと言える。また、ことばの教育である以上、「ことばの由来や仕組み、言語権・言語差別などのことばの社会性」などことばに関する題材も取り入れるべきであるとする。例えば「世界中に多くの話者がいる中国語や英語も、母語話者がひとりしかいない少数言語もことばの価値は同じであり、どの言語も等しく大切なものである」というようなメッセージである。
では最後に8について、どうしても書いておきたい。「英語は世界中の多くの人によって学ばれているが、その結果、他の言語を衰退させてきた(いる)。」という点で宿命的に反国際的なのである。国際的である、ということは、異言語の存在を尊重し合い、学び合う、ということであるが、
私たちは、宿命的に排他的で反国際的な英語という言語を子供たちに教えているのである。私たちは、このことの重みを感じて英語を教えていかなければならない。
8つの異論のうち、3つを簡単に紹介したが、是非ご自分で手にとってお読みいただき、少しでも多くの人にこれらの主張が受け継がれていくことを願いつつ、筆を置く。